昭和25年(1950年)建築基準法が施行され建築士法にも建築士事務所制度も確立しまた。それ以前は建築の届けの受理は警察署が行っていたようです。
会が東京都建築士事務所協会となった1963年以前は建築代願人組合・建築代理士会・建築士業会などの変遷を経て、東京会は行政とも協調しながら体制を整え、その輪を全国に広げて行きました。
私が入会した1975年頃には、すべての都道府県の建築事務所が団体組織を作っていたわけではありませんでしたが、当時の東京会役員たちは献身的にこの業務団体としての組織作りに取り組んでいました。
この時期、港支部の会員はすでに約60名でしたが、まだ申請業務の代理事務所が3事務所ほど区役所(1987年に立て直す前の港区役所)のすぐ隣にありました。当時の申請書式は木造住宅の場合だとB5の用紙1枚に申請人・用途・場所等々、代理人に対する委任状と青焼き図面A2が1枚くらいですんでいたように思います、もちろん建物の規模によっては現在と遜色ない申請書式にも成っていました。
東京会事務所は1969年に銀座の建築会館(銀座西3丁目)に入居、私もここで入会時に面接を受けて入会しました。1982年にこの建築会館は取り壊され、今の田町に新建築会館が出来(建築学会が所有)の5階に東京会も移転しました。その後、港区芝公園の女子会館・新宿西新宿東証ビル、そして今の新宿5丁目渡菱ビルへ移転の歴史があります。
私たちの港支部はそのときの支部長事務所が窓口となっています。
<歴代支部長>
1973~1976年 仁木謙治 事務所協会草創期に協会育成に貢献された
1984~1986年 新保 富 港支部をまとめ支部員が一体となって行政事業にも参加
1987~1994年 吉田吉彦 支部の品位向上、支部会員100事務所達成
1995~1998年 西倉 努 港建築事務所協会設立推進に貢献
1999~2000年 大谷徳義 港支部最長会員
2001~2002年 中上 正 温厚かつ厳しく支部をまとめ
2003~2012年 岡部 成 支部の融和に努め長期政権
2013~2020年 高杉政宏 支部事業の調整まとめに貢献
2021~現在 吉田 潤 コロナ禍の中支部運営に奮闘中
文責 大谷徳義